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【入門】京都祇園祭について。その由来や歴史、祇園祭の宵山とは何?

2018/09/09
 

 

そろそろ日本では、お祭りの季節がやってきますね。

日本の夏と言えば、お祭りです(#^.^#)

日本人の私は、祭囃子が聞こえてくると懐かしい気持ちになります。

幼少の頃の楽しい思い出がよみがえってくるからでしょうか。

さて、祭り気分になったところで今回は、

そろそろはじまる日本三大祭りのひとつである京都の祇園祭について調べてみました。

私は東京の人間なので、

京都祇園祭についてはあまり詳しくなかったのですが、知ってびっくり。

祇園祭りって1か月も行われるんですね…。

のっけから興味を惹かれてしまいました。

という訳で、『初心者に分かりやすいように』を心掛けて、

祇園祭について説明します。

これを見れば、祇園祭についての基本がまるわかり♪

『コンコンチキチン コンチキチン♪』

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京都の祇園祭とはどんなお祭りなのか

祇園祭とは、京都三大祭りのひとつであり、

日本三大祭りのひとつにも数えられる全国的に有名なお祭りです。※1

祇園祭は京都の東にある八坂神社の祭礼で、

毎年7月1日から31日まで、なんと1ヶ月にわたっておこなわれます。

特に、華麗な山鉾巡行(やまぼこじゅんこう)、

勇壮な神輿渡御(みこしとぎょ※2)が有名で、

毎年数十万の観光客がこの勇壮なお祭りを見に日本全国から、

いや世界中からやって来ます。

1か月にわたって行われる祭のメインイベントは、

「コンチキチン」の祇園囃子(ぎおんばやし)とともに、

華やかな山車(だし)がくり出す17日と24日に行われる33基の山鉾巡行で、

この「京都祇園祭の山鉾行事」はユネスコ無形文化遺産にされています。

八坂神社とは、明治維新までは「祇園社(ぎおんしゃ)」と称されていて、

今でも「祇園さん」と呼ばれ親しまれており、

古事記でおなじみの素戔嗚尊(スサノオノミコト)、

櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)、

八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)の、

三座の神を祀る神社です。

祇園祭は7/1の吉符入(きっぷい)り(=神事始め)に始まり、

31日に鳥居に大茅輪(おおちのわ)が設けられ、

これをくぐって厄を祓う疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)で幕を閉じます。

※1 京都三大祭(祇園祭・時代祭・葵祭)、日本三大祭(京都祇園祭・大阪天神祭・東京神田の神田祭)
※2 神輿が氏子地域を練り歩くことで人々の安寧を祈念する

祇園祭の由来や歴史

平安時代の京都は、

その地理的特徴から長雨の続く梅雨の時期になると、

京都盆地は洪水に見舞われたり川がが溢れるなどで、

都市が水浸しになり、

その結果「疫病」が流行し、

多くの人々が命を落としました。

京都を都として、

実質的に日本を支配していた天皇や貴族たちは、

梅雨の時期に人が死ぬ原因を、

政治の争いで自分たちに敗れて死んでいった人たちの祟りと考え、

その霊を慰める祭りを盛んに行いました。

怨霊をなだめ、

疫病がこれ以上蔓延しないように祈願する祭、

これを「御霊会(ごりょうえ)」といいます。

貞観11年(869)には疫病が大流行したため、

朝廷は神泉苑(※3)において、

当時の日本全国の国の数にちなんで66本の鉾(ほこ)を立て、

祇園の神(スサノオノミコトら)を迎えて、

災厄が取り除かれるよう祈念しました。

鉾とは元来神の依り憑くもの(よりしろ)と考えられていて、

後で燃やしたり壊したりして、

依り憑いた疫神などを退治したとされます。

その祭の一つが、

東山の麓に鎮座している祇園社(現八坂神社)で執行された、

祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)でした。

梅雨の最中の旧暦6月7日(現在は新暦7月17日)に、

祇園社(現八坂神社)から3基の神輿が出発し、

京都市中を練り歩き、

町中の御旅所(おたびしょ ※4)に7日間鎮まり、

6月14日(現在は7月24日)に再び京都市中を巡行して、

祇園社(現八坂神社)に戻ります。

これが祇園祭の起源とされています。

旧暦6月7日(現在は新暦7月17日)の山鉾巡行のことを、

前祭(さきまつり)巡行といい、

旧暦6月14日(同7月24日)に再び京都市中を巡行することを、

後祭(あとまつり)巡行といいます。

山鉾は現在、33基あり、それぞれに名前があります。

前祭では23基が巡行し、後祭では10基が巡行します。

※3 二条城の南側に位置する京都市中京区にある東寺真言宗の寺院。祇園祭発祥の地。いつもは、天皇や皇族専用の公園であったが、この日に限り、門が開かれて、一般の人々も御霊会に参列することができた
※4 祭礼のとき、みこしを本宮から移してしばらく安置する所のこと

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祇園祭の山鉾巡行はくじ引きで順番を決める?!

前祭・後祭に巡行される山鉾は33基あります。

その中には、古来からの決まりで、

巡行の順番が決まっている特定の山鉾もあります。

その特定の山鉾は、7月2日に行われる「くじ取り式」で順番決めのくじを引きません。

これを「くじ取らず」と呼びます。

くじ取らずの山鉾は、

前祭で先頭をつとめる長刀鉾(なぎなたほこ)、

5番の函谷鉾(かんこほこ)、

21番の放下鉾(ほうかほこ)、

22番の岩戸山(いわとやま)、

23番の船鉾(ふねほこ)。

後祭1番目の橋弁慶山(はしべんけいやま)、

2番の北観音山(きたかんのんやま)、

6番の南観音山(みなみかんのんやま)、

殿(しんがり)を務める大船鉾(おおふねほこ)の、

合計9基です。

そして、

前祭で先頭を務める長刀鉾の、

すぐ次に巡行する山鉾のことを「山一番」と呼び、

とても縁起が良く名誉なこととされ、

これを引き当てた山鉾がニュースになったりもします。

このくじ取り式は、

7月2日に京都市役所・本会議場にて、

京都市長立ち会いのもと行われます。

全ての山鉾町代表者が紋付き羽織はかま姿で出席するそうですよ。

この「くじ取り式」によって決められた順番を、

奉行役の京都市長に改めてもらう「くじ改め」の儀式というものがあります。

くじ改めは、祇園祭の山鉾巡行における儀式の一つで、

四条堺町にくじ改め処(関所)が設けられ、

奉行(京都市長)により、

山鉾巡行の順番が、

くじ取り式で決まった順番であるかを確認するのです。

ぷぅたん
なんと、厳格なまでに順番が決まっているんですね…

山鉾巡行のお稚児(ちご)さんとは

先頭をつとめる長刀鉾には、稚児がのります。

かつては船鉾(ふねほこ)を除いた全ての鉾に稚児が載っていましたが、

今では生稚児(いきちご)が搭乗するのは長刀鉾だけです。

天明の大火(1788)で、

壊滅的な被害を受けた函谷鉾(かんこほこ)が天保10年(1839)に復興する際、

稚児人形を用いたのをきっかけに、

他の鉾もそれにならい人形に替えていったそうです。

長刀鉾上で生稚児が、

2人の禿(かむろ※5)を従えて稚児舞が披露されます。

7月13日に稚児は、

白馬に乗り、

供を従え、

 

正五位少将の位と十万石大名の格式をもらう儀式の為に、

八坂神社へ社参します。

これを「社参の儀」といいます。

この社参の儀で、稚児は八坂神社南門の大石鳥居で下乗し、

正面から昇殿。

宮司や神官が海山の幸を献じ、

稚児側から三座分の粽(ちまき)が供えられ、

宮司の祝詞(のりと)の後、

稚児はお神酒を頂く。

この瞬間に稚児は「神の使い」となるのです。

※5 おかっぱ頭の幼児

祇園祭の宵山とは

祇園祭りの宵山とは、

祭のハイライトである山鉾巡行が行われる

7月17日と7月24日それぞれの前日、

前々日、

3日間の事を言います。

この3日間を前日から順に、

宵山、

宵々山(よいよいやま)、

宵々々山(よいよいよいやま)と呼びます。

例えば前祭(さきまつり)では、

7月14日が宵々々山、

15日が宵々山、

16日が宵山で、

後祭は21日が宵々々山、

22日が宵々山、

23日が宵山と呼ばれます。

宵山には、暗くなってくると各山鉾に駒形提灯が幾十となく点火され、

祇園囃子がにぎやかに奏でられ、

祭の雰囲気が盛り上がります。

何だか想像するだけでワクワクしますね、これぞ、祭りです!

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祇園祭 1か月のスケジュール

日程 行事 内容
7月1日~ 吉符入 神事始めの意味で各山鉾町において、町内関係者が本年の祇園祭に関する諸事打合せをする。
7月2日 くじ取式 山鉾巡行の順番をくじによってきめる式。
7月10日 お迎え提灯 午後4時半頃から神輿を迎えるため、趣向をこらした各種の提灯をもって行列する。
7月10日 神輿洗 午後8時頃、神輿3基のうち中御座の神輿をかつぎだし、四条大橋まで運び、鴨川の水で洗い清める。
7月10日~11日 前祭 鉾建て 各町では巡行の山鉾が収蔵庫から出されて組立てられる。 鉾の組立ては伝統の手法で行い3日間を要する。
7月10日~11日 前祭 山建て
7月13日 長刀鉾稚児社参 長刀鉾にのる稚児が、午前11時八坂神社へまいり五位の位をもらう。
7月14日~7月16日 前祭宵山 各山鉾では、夜は提灯が幾十となく点火され、祇園囃子がにぎやかに奏でられる。(四条通・烏丸通の歩行者天国は15日・16日のみの予定)
7月17日 山鉾巡行・前祭巡行 午前9時 四条烏丸出発。23基の山鉾。
四条烏丸 (午前9時00分) →四条河原町(9:35) → 河原町御池 (10:20) → 新町御池(11:20)
7月17日 神幸祭 3基の神輿が午後4時頃から氏子町内を巡行して、四条御旅所にとどまる。
7月18日~7月21日 後祭 山鉾建て 祭の山鉾10基の組み立てが行われる。
7月21日~7月23日 後祭宵山 山鉾の建てられている町内は車両通行止めとなりますが、四条通等の歩行者天国はありません。露店の出店はない予定です。
7月24日 山鉾巡行・後祭巡行 午前9時30分 烏丸御池出発。10基の山鉾。
烏丸御池 (午前9時30分) →河原町御池(10:00) → 四条河原町(10:40) → 四条烏丸(11:20)
7月24日 花傘巡行 後祭の山鉾巡行が17日の前祭の山鉾巡行に合同した約50年前に、 山鉾の古い形態を再現するねらいではじめられたもので京都花街のきれいどころの踊、鷺舞、六斎念仏、子供神輿、祇園ばやし、稚児など総勢千人の行列がつづく。
八坂神社(午前10時00分) →四条寺町 → 寺町御池(10:50) → 河原町御池 → 四条河原町→ 八坂神社(12:00)
7月24日 還幸祭 3基の神輿が午後5時頃四条の御旅所を出て、氏子町内をまわり午後10時頃神社へかえる。
7月28日 神輿洗 10日の神輿洗と同様、四条鴨川で洗いきよめ、午後8時頃神社へかえる。
7月31日 疫神社夏越祭 八坂神社境内摂社の疫神社のまつり(蘇民将来社とも称する)社の鳥居に茅の輪を設け、神前に粟餅を供え厄除を祈願する。

>>各山鉾の説明はこちら

>>山鉾巡行コースはこちら

京都祇園祭を英語で説明してみよう

東京オリンピックも近づいており、

日本に訪れる外国人観光客は過去最高を記録し、

さらに右肩上がりとのことです。

日本政府観光局(JNTO)によると、

2017年1月~12月の年間訪日外客数は、

28,691,073人でした。

増え続ける外国人といつどこで知り合うかわかりません。

そんな時にコミュニケーションで困らないよう、

日本の文化を英語で伝えられるといいですよね。

という訳で、『祇園祭』を英語で説明するとどうなるのか。

・祇園祭は日本三大祭りの一つです。
The Gion Festival is one of Japan’s three greatest festivals.

・祇園会という,京都の八坂神社の祭り
a festival in Yasaka shrine, Kyoto, Japan called {‘Gion-e’}

・毎年京都では、9世紀からの伝統をもつ「祇園祭」という大きな祭りが開催されていますが、祀られている神は、もともとインドの祇園精舎の守護神であったと伝えられています。
In Kyoto, every year, famous “Gion Festival” has been held since the ninth century. It is said that the deity worshiped in this big festival was a guardian deity of “Gion Shoja”, the Indian Jetavana Buddhist Monastery in India.

出典:weblio英語例文より

 

 

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