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【FIFAサッカーワールドカップ】歴代大会でのエピソードや関連事件をまとめてみました

2018/12/09
 

さぁ、やってまいりました。

 

第21回FIFAワールドカップロシア大会がもう間もなく始まります!

 

今回は、個人的にイタリアとオランダが出ないので、あまり面白くない(失礼!)大会なのですが、夫がスペインを応援しているので、夫に乗っかってスペインの試合を中心に追っていきたいと思っています。

 

毎回ワールドカップ直前のこの、「もうすぐはじまる!」というワクワクとした高揚感は楽しいものです。

 

嬉しいついでに、今までのワールドカップで起こった出来事や関連エピソードを掘り起こしてみたりしました。

 

あなたのワクワクをさらに盛り上げる材料になればうれしいです♪

 

よければ一番下の『トト・スキラッチVS明石家さんま』だけでも見てください。

 

これは恐らくここだけにしかない情報ですので(笑)

 

●FIFAワールドカップ歴代優勝国と得点王の一覧はこちら

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第4回大会(1950年 ) ブラジル敗退で自殺者まで!!『マラカナンの悲劇』

マラカナンの悲劇とは、第4回FIFAワールドカップブラジル大会のブラジル対ウルグアイの試合で、ブラジルが優勝を逃したことを指す通称のこと。

 

試合会場の名前『エスタジオ・ド・マラカナン』が由来。

 

ブラジル代表は、初めて白のホームユニフォームを着て挑むことになります。

 

この試合、ブラジルはウルグアイに対し、引き分け以上であれば優勝が決まる状況にありました。

 

後半開始2分にブラジルが先制。

 

ブラジルの優勝が決まったかと思われましたが、ところがその後ウルグアイは後半21分に同点ゴール、後半34分に逆転ゴールを決め、そのまま試合終了。

 

この結果、ウルグアイが3大会ぶり2回目の優勝を達成しました。

 

会場は水を打ったように静まり返り、自殺を図る者まで現れます。

 

結局2人がその場で自殺し、2人がショック死、20人以上が失神し、ブラジルサッカー史上最大の事件となりました。

 

この事件を忘れるため、ブラジル代表はその後ユニフォームを黄色(カナリア色)に変更

 

以後、白いユニフォームの着用を避け続けることになります。

 

我々の記憶にも新しい2014年のブラジル大会では、「マラカナンの悲劇」を乗り越えることを期待されて臨んだブラジル代表ですが、ドイツ代表にまさかの1-7という歴史的大敗を喫しました。

 

もう途中からブラジル全体が茫然となってましたよね…

 

ブラジルはワールドカップ開催国にならない方がいいのかもしれませんね。

 

この大敗は、マラカナンの悲劇にちなんで「ミネイロンの惨劇」と呼ばれることになりました。

 

歌を忘れたカナリア…「ミネイロンの惨劇」

第13回大会(1986年 ) 近代戦争の先駆け!!イギリス対アルゼンチン『フォークランド紛争』

フォークランド紛争とは近代戦争の先駆けとも言われ、1982年3月に大西洋のイギリス領フォークランド諸島(アルゼンチン名:マルビナス諸島)の領有を巡り、イギリスとアルゼンチン間で勃発した武力衝突のことで、イギリスの勝利で終結しました。

 

当時のアルゼンチンの大統領が、国内世論から目を逸らすためにマルビナス諸島奪還を訴えた事が、本格的な紛争に発展してしまったとのこと。参考

 

さて、3か月に及ぶこの紛争の4年後に行われたのが、第13回FIFAワールドカップメキシコ大会です。

 

そしてなんという運命のいたずらか、準々決勝での対戦カードが、紛争の記憶がいまだ新しいアルゼンチン対イングランド。

 

この試合ではアルゼンチンの、ディエゴ・マラドーナ選手が、サッカー史に残るふたつのゴールを決めアルゼンチンに勝利をもたらしました。

 

”代理戦争”ともいえるこの試合に勝ったアルゼンチンのマラドーナは、「我々は試合前に『サッカーはマルビナス戦争とは別物だ』と言ったが、たくさんの少年兵がまるで小鳥を殺すように殺されたことを知っている。

 

「この試合は復讐だった」と試合後に語りました。

 

アルゼンチンはこの大会の決勝で西ドイツを3-2で破って優勝し、マラドーナは大会最優秀選手賞を受賞しました。

 

そして対戦相手イングランドのゲーリー・リネカーは大会得点王に輝きました。

 

伝説のマラドーナ5人抜きシュート

第13回大会(1986年 ) 絶対にハンド!! マラドーナ『神の手』

第13回 FIFAワールドカップメキシコ大会の準々決勝アルゼンチン対イングランドの試合で、両チーム無得点で迎えた後半4分に、マラドーナが決めたゴールのこと。

 

本来は反則だが、手を使ってボールをゴールに押し込んだこのプレーを、主審はマラドーナがヘディングでボールにコンタクトしたと判断し、ゴールを認めました。

 

これに相手側のイングランドが猛抗議。

 

テレビ中継の再生映像には、マラドーナがジャンプしながら振り上げた左手の拳でボールをはたいている瞬間が映っていました。

 

この映像はとても有名ですね。

 

マラドーナは試合後のインタビューでこのプレーについて聞かれると、「ただ神の手が触れた」と表現し、以後、サッカー界ではこれに類するプレーが神の手(Hand of God)と呼ばれることになったという、マラドーナの最強伝説です。

 

後年、マラドーナは自伝でこれがハンドだったことを認め、母国のテレビ番組では「早く来て自分を抱き締めないと、審判が得点を認めないぞ」とチームメイトに呼びかけたという裏話を明かしていたというエピソードがあります。

 

まさに、いろんな意味で遺恨の残る試合となりました。

 

なお、今大会からはビデオ・アシスタント・レフェリー制(VAR)が導入されたこともあり、神の手の力を借りることは難しくなりましたね。

 

伝説の『神の手』シーン

第9回大会(1970年 ) サッカーから戦争へ!! 『国交断絶した国』

サッカー戦争とは、1969年7月14日から7月19日にかけてエルサルバドルとホンジュラスとの間で行われた戦争のことで、俗に「サッカーの試合から戦争に発展した」と言われている戦争のこと。

 

戦争は100時間で終結したことから、100時間戦争とも呼ばれます。

 

ただし、これはサッカーがきっかけではなくて、対戦前から両国間ではすでに国境線問題や、ホンジュラス領内に在住するエルサルバドル移民問題、貿易摩擦などといった様々な問題がくすぶっていたことが原因です。

 

すでにきな臭い状況ではあったわけです。

 

こういった背景があってのダメ押しでのサッカー対戦だったのですが、この試合はワールドカップ本大会ではなく、本大会出場をかけた予選でのお話です。

 

1969年にホンジュラスの首都で、ホンジュラス対エルサルバドルの決勝進出を決める試合がありました。

 

この時点で両者1勝1敗。

 

前述した理由から、両国のサポーターは一触即発状態で非常に危険な状態でした。

 

開催国であるメキシコはこの状況を重く見て、両国のサポーター同士を分け、スタジアム内の緩衝地帯には催涙ガスで武装させた機動隊を配備したりと厳戒態勢を敷きました。

 

開催国にとっては迷惑な話ですね。

 

試合は延長戦の末にエルサルバドル代表が3-2でホンジュラス代表を下し、ハイチ代表との最終ラウンドへと進出することになりました。

 

この試合の直後に、ホンジュラスに在住するエルサルバドル移民が襲撃を受け、身の危険を危ぶんだ1万2千人近くの移民がエルサルバドル領内へと避難する事態となりました。

 

エルサルバドル国民の間でホンジュラスとの国交断絶を求める声が高まると、エルサルバドル政府は6月23日に国家非常事態を宣言して予備役軍人を召集。

 

3日後の6月26日夜に同政府は、「ホンジュラスは同国に在住するエルサルバドル人を迫害しようとしている」との声明を発表し、国交断絶を宣言します。

 

そしてホンジュラス政府もこれを受け、6月27日にエルサルバドルとの国交を断絶し、国防上の対処(つまり武力行使)を行うことを発表し、これを機に両国間での開戦となりました。

 

なお、国交回復までに10年以上の歳月がかかったとのことです。

 

ブラジル対イタリアの決勝(関連動画なし)

第14回大会(1990年 ) 自作自演?! 『ロハス事件』

1989年9月3日、ブラジル・リオデジャネイロのマラカナン・スタジアムにて行われたFIFAワールドカップイタリア大会の、南米予選でのラジル対チリの試合で発生した不正にまつわる事件のこと。

 

後半25分、チリのゴール裏の観客席で応援していたブラジル人女性客が発炎筒をピッチの中に投げ込み、発炎筒はチリのゴールマウス付近に落下。

 

その瞬間チリ代表主将でゴールキーパーのロベルト・ロハスがピッチに倒れ込みました。

 

頭部から大量に出血したロハスは担架に乗せられて退場します。

 

その後、チリは「安全を確保されていない会場では試合を出来ない」と主張して試合続行を拒否。

 

試合はブラジルが1-0でリードしたままの状態で打ち切りとなったが、チリは、試合の無効と第3国での再試合を求めてFIFAに提訴しました。

 

チリの提訴が通れば、チリの本大会出場のチャンスは大きく広がることとなるはずだったが…。

 

試合の翌日、日本の『サッカーマガジン』と契約していたアルゼンチン人カメラマンのリカルド・アルフィエリが撮影した写真によって、投げ込まれた発炎筒はロハスに全く当たっていないことが判明したのです。

 

さらに、FIFAの調査の結果、ロハスの負傷は自身があらかじめ隠し持っていたナイフによる頭部への自傷行為によるものであることも判明。

 

ぷぅたん
ちなみにその写真は「大スクープ!!ブラジル対チリ 発炎筒事件”真実の瞬間”をとらえる!!」という見出し付きで「サッカーマガジン」の表紙を飾っています

 

以上の調査の結果ブラジル対チリ戦は没収試合となり、ブラジルの2-0による勝利という扱いとなったため、ブラジル代表の本大会出場が決定したのでした。

 

一方のチリ代表は主犯のロハスと代表監督のオーランド・アラヴェナ、そしてロハスを診察した医師のダニエル・ロドリゲスがサッカー界から永久追放、共犯者とされた代表副主将でディフェンダーのフェルナンド・アステンゴも、5年間の選手資格停止処分となりました。

 

そして、チリサッカー連盟には、約10万ドル(当時の日本円で約1420万円)の罰金と、次回アメリカ大会予選参加権剥奪という処分が下されることに。

 

その一方でブラジルサッカー連盟も、試合運営の不手際を問われ約12000ドル(同約170万円)の罰金を科されてしまいます。

 

ロハスはその後、FIFAから永久追放処分を解除され、ブラジルのサンパウロFCでキーパーコーチ等を務めるなどしているとのこと。

 

もし発煙筒が投げ込まれなかったときは、どのタイミングでこれをやるつもりだったのかな…。

 

本来は相手選手のスパイクが当たった的な事を想定していたのかな???

 

該当の動画がなかったので、乱闘集をどうぞ

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第15回大会(1994年 )オウンゴールした選手が殺害されてしまった 『エスコバルの悲劇』

これは本当に胸が痛いエピソードです。

 

1994年第15回FIFAワールドカップアメリカ大会での出来事です。

 

グループリーグでのコロンビアとアメリカの試合でのこと。

 

コロンビアのDFだったアンドレス・エスコバル選手が、前半35分に痛恨のオウンゴール。

 

この1点が重くのしかかってコロンビアは1-2で敗れ、大会からの敗退が決定したのです。

 

重い責任を抱え、失意のまま帰国したエスコバルは、なんと、直後に12発もの銃弾を撃ち込まれ殺害されてしまったのです。

 

狂ってます…。

 

当時の報道によると、犯人は銃弾を放つ瞬間に「オウンゴールを有り難う」と言ったされ、サッカー賭博に絡んだ犯罪組織の関与などの憶測が流れているが、今も真相は、はっきりしていません。

 

エスコバルの葬儀には12万人を超える人々が参列し、この事件を機に何人かの選手がコロンビア代表を辞めているということです。

 

■□6/21追記□■

今回日本がコロンビアと対戦し、国民の大方の予想を裏切り(?)日本が勝利しました。

 

そこでこの事件を思い出した人々が、敗戦の一因を作ってしまったカルロス・サンチェス選手のことを心配したようですが、本人のSNSには自国民からの温かいコメントが沢山寄せられているよう(6/24現在、SMSに殺害予告がありコロンビア警察が捜査に乗り出したとの報あり)なので、ひとまずはホッとしました。これでコロンビアが予選敗退となった場合は、警備に力を入れて欲しいですね。

サッカーは怖い…。

悲劇のオウンゴール

第20回大会(2014年 ) 相手選手を噛む!! 『スアレス噛みつき事件』

2014年6月24日、2014 FIFAワールドカップブラジル大会のグループリーグの対イタリア戦で起きた事件。

 

イタリア代表DFジョルジョ・キエッリーニの左肩に、試合中としては通算3度目となる噛み付きを行い、FIFAによる調査と審議の結果、同月26日に、ウルグアイ代表としての公式戦9試合出場停止、スタジアムへの入場禁止を含むサッカーに関するあらゆる活動の4カ月間禁止、ならびに10万スイスフランの罰金という処分が下されました。

 

これによりスアレスは、ウルグアイ代表が決勝トーナメント進出を決めた同大会のみならず、所属する英プレミアリーグでの公式戦も10月まで出場が不可能となりました。

 

チームも決勝トーナメントでコロンビアに0-2で敗れ、ベスト16で敗退。

 

その後、2016年3月に1年4ヶ月ぶりにウルグアイ代表に復帰し、3月25日の2018 FIFAワールドカップ・南米予選のブラジル戦で、チームを引き分けに導く同点ゴールを挙げたのでした。

 

噛んだ後に、スアレスも前歯をおさえて被害者風を装っているのがセコイですね…(笑)

 

スアレス噛みつきシーン

番外編 第14回大会(1990年) トト・スキラッチVS明石家さんま

いやほんとにもうどうでもいい話なんですが…

 

1990年イタリア大会の時の私的な話です。

 

お笑い怪獣こと明石家さんま大先生への、28年経ってからの大ツッコミです(笑)

 

当時、さんま氏は現地のスタジアムでイタリア戦を観戦し、帰国後にワールドカップ関連の番組に出演しました。

 

その、スタジアム観戦した際のエピソードトークの内容に、当時ピッチピチの女子高生だった私はガン引いてしまったというお話です。(年がバレます)

 

当時の大会で得点王に輝いたのがサルヴァトーレ・スキラッチですが、さんま氏は、現地スタジアムでのスキラッチへ向けた凄まじいほどのスキラッチコールを体験し、その事について以下のように語ります。

 

曰く、

 

「スタジアム全体がトト・スキラッチ!!トト・スキラッチ!!トト・スキラッチ!!トト・スキラッチ!!と雄叫びを上げていて、その熱狂ぶりに自分も大興奮した」と伝え、その後、

 

「イタリア語ではトトは頑張れという意味なんです。だからスタジアム全員がスキラッチ頑張れ!と応援していたんです!」と興奮気味に語りました。

 

「????????」

 

私の頭の中で、はてながいっぱい。

 

なぜなら、サルヴァトーレの愛称がトトであって、スタジアムはただ、スキラッチの名前(愛称)を連呼していただけだったので、それを知っていた私は、こんなにも堂々と、トトがイタリア語で頑張れという意味だと脳内変換しただけの情報を、全国放送で言えるさんま氏にドン引いたのでした(笑)

 

もちろんスタジアムにいるサポーター(伊 tifosi)たちは、『頑張れ』という気持ちを込めてスキラッチの名前をコールしていたのでしょうが、トトはイタリア語で頑張れという意味ではなくてただのサルヴァトーレの愛称(の一つ)なので、さんま氏の口から出た情報は大誤報です。

 

でも、それを誤報と知ってか知らずか、そのまま訂正もないまま放送が終わった事も、私の中でもやもやしていました。

 

当時ピッチピチの女子高生ながらも、裏を取らずにこんなに軽はずみ的に”誤報”してしまうテレビ局の姿勢に対し、非常に驚いたのを覚えています。

 

当時はテレビもゆるゆるだったから許されたのかもしれません。

 

それにしてもさんま氏、現在も第一線でテレビで活躍してますよね、凄いなぁと感服です。

 

変わらずサッカー愛を貫いていますしね。

 

すごいです。

 

■□6/30追記 番外編の番外編□■
私は当時、ファン・バステンやフリット、ライカールトのオランダ三人組が好きでした。
だから今回のUEFAの『ACミランをヨーロッパリーグ出場停止とした』と公式発表したというニュースにはショックを隠せませんでした。

●FIFAワールドカップ歴代優勝国と得点王の一覧はこちら

まとめ

いや、ちょっと本当にすごい話ばかりですね。

 

でもね、実はまだまだ沢山あるんです。

 

それは今後どんどん、追加していきます。

 

今回のロシア大会でも何かあるかもしれません。

 

悪い事が起こるのではなく、ほっこり笑えるエピソードだといいな、と心から思います。

 

それでは、よいワールドカップライフを!

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